大人は常に勉強し、最も新しい知識を子供に伝える義務を負う
福岡市博物館に行ってきました。
常設展示場を見ました。
古代史のコーナーだけ覗いてきたのですが、
「弥生人は朝鮮半島を経由して日本に渡来した」
とか、
「板付遺跡から弥生時代の農耕が始まった」
などといった、解説が古いままの箇所が見受けられました。学芸員さん、ちゃんと仕事してるんですかね!?(^^;(^^;
弥生人というのは長年、朝鮮半島の人々だと言われてきましたが、近年のDNA鑑定の結果として、
「半島人ではなく(中国)長江下流域の人々だ」
と判明しています。また、
「どうやら半島を経由せず、中国大陸から東シナ海をダイレクトに渡って日本列島へやってきた」
と解釈せざるを得ない結果が出ています。
イネや、稲作技術も同様です。従来はとにかく何でもかんでも朝鮮半島経由で伝わったと言われてきましたが、これまたDNA鑑定の結果、朝鮮半島を経由せず長江下流域からダイレクトに日本列島へ伝来したようです。
半島にも勿論イネが伝わっていますが、日本への伝来とは別経路だったらしいと最近では推測されています。
そしてさらには、
「古代朝鮮半島人は北九州人だ」
ということまで判明しています。
氷河期が終わった約1万年前、半島人は一旦絶滅してしまったのか、無人の時代が続くようです。
その後5000年前あたりから人が住み着くようになるのですが、これが実は北部九州人なのだとか。併せて縄文土器や、日本産の黒曜石で作った石器なども出土しますから、間違いないのでしょう。
「朝鮮半島人が日本に渡来して弥生人になった」
のではなく、
「日本人が半島に渡って古代朝鮮半島人になったのだ」
という、従来と真逆の話になりつつあります。
このように、日本の古代史は近年になってがらりと書き換わっています。
板付遺跡の解説もマズいですね。板付遺跡における農耕開始は、弥生時代ではなく縄文晩期です。しかもこれは最近判明した話ではなく、何十年も前のはずです。
また、板付遺跡よりももっと早い農耕遺跡も見つかっています。農耕開始の推定時期が、ざっと500年ばかし繰り上がっているのです。ですから、
「板付遺跡から日本の農耕が始まった」
といった表現は、既に適切とは言えません。訂正が必要だと思います。
夏休みの日曜日ということで、家族連れもたくさん見かけました。
お父さんお母さんが子供さん達に、出土品を指さしながら熱心に説明をしていました。
展示物の解説が古くて間違っているようでは困ります。学芸員さん、ホント頼みますよ(^^;
以前こんな記事を投稿しましたが、今や歴史学に限らず、物理学、天文学、医学、経済学などほぼあらゆるジャンルにおいて、教科書がごっそり書き換わる時期がきています。
学問は生き物だ、と幸田は思います。大人になっても常に最新の勉強する必要があるし、子供達に伝える知識は常に最新であるべきです。私達はそういう義務を負っているのです。
古代の出土品を眺めつつ、あらためてそんなことを考えさせられました。
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